シャチと目があっちゃった話

水族館で

どでかい何かが水槽のガラスのすぐそばを横切る

視界に入りきらないくらい大きい

これは‥‥シャチだ‥

そしてシャチは通りすがりにその大きな瞳でわたしをはっきりと認識しているというようにチロんと視線をよこした

その瞬間にわたしは理解する

そのシャチの視線、には感情か意志、あるいは意図、のような情報が含まれている

その瞳はこう言っていた

‥おまえは人間に私たちを閉じ込める権利があると思うか?‥

‥ハハハ、ないだろう?

‥おまえは私をここから出せるか?ハハハ、出来ないだろう、ハハハ‥ハハハ‥‥

なんとちっぽけな人間よ‥ハハハ

そのシャチはわたしの感情や考えなんかは瞬時に察知して、この狭い場所から出たい思いと、ちっぽけなわたしへの少しのからかいと、諦念、のようなものをないまぜにして伝えていた

わたしはそのシャチの言う通りだと思った

そしてシャチは人間よりずっと高度な精神を持っている、と思った

わたしはこのシャチの前でちっぽけで無力だった


わたしと同じ種族の人間がここに閉じ込めているのにわたしには何もできそうになかった

それからわたしは

水族館に行けなくなった

だってどんな顔してそのシャチの前に出たらいいかわからないから

だけどこの時のシャチとのコンタクトがあのシャチの本当の気持ちだと言うことはわたしにはできない

これはあくまでもわたしの個人的な体験であり感覚だからだ

きっと真実や現実はそれぞれの人の数だけあるに違いない

今思えば、わたしの心の隅にあったのであろう動物園や水族館の生き物に対する罪悪感みたいなもの、人間の身勝手ではないか?な気持ちをわたしがシャチの視線に投影したのかもしれないし、それをあのシャチがわたしに教えてくれたのかもしれない

あの日のシャチは、今もあの水族館にいるのだろうか

今、あの日のコンタクトをここに記した

だからか、もう一度会いに行ってみる面目が出来たような、そんな気がしてくる

あなたとのコンタクト忘れてません
同じ人間種族にも伝えました、って

ーーーと、ここまで書いてこの話は終わるはずだった

だけどわたしはとても大切なことに気づいてしまったのだ

あの時、人間はなんと罪深く、そしてどこまでも自分はちっぽけで無力だと、そんな気持ちしかあのシャチに返せていなかった自分に

ーー本当にそれでいいのかーー

ーーわたしに無力感に浸る資格があるのだろうかーーー

あのシャチは多分ずっとそこを漂い続けるしかないというのにーー

わたしの心を気づきがノックしてゆく

それならばせめて、自分には何も出来ないという情けなさや無力感を飲み込む強さを、わたしも持つべきなんじゃないか?

そして人間のためにそこにいてくれるあのシャチに対して大いなる敬意や感謝や、愛、を示すべきなんじゃないか?

それがちっぽけな自分にできる精一杯の誠意の表し方じゃないのかと

きっとわたしはシャチを通して申し訳なさとか無力さを感じるのがずっと怖かったのだ

あの聡明な瞳に全てを見透かされてしまうから

「シャチに合わす顔がない」

なんていいながらわたしはそんな自分の心を見るのが辛いから

だから会うのが怖かったのだ

だけどやっとわかった

ほんの僅かでも一時でも

あのシャチとあのなんとも出来ないやるせなさを共有して

そしてせめてもの愛や感謝の思いを伝えなきゃいけないのだと…

そうだ、きっと会いに行くべきなのだと…

やっと気づいた10年目の今日…

ーーーあの日あなたと目があっちゃったからーーー

P.s 本当にまた会えたら続き書きます

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