
お昼に食べた幕の内弁当に細めのえびフライが一つ入っていた
それでふと子供の頃のことを思い出す
「遠足のお弁当、何にする?」
小学校の遠足
遠足前になるとママがそう聞いてくれて
わたしは「えびフライ!」と、決まってそう答える
するとママは私の小さなお弁当箱にこれまた小さな可愛いえびフライを数本詰めてくれる
時には別のおかずがいいかな、と思ったこともあるけどここはやはり「えびフライ」だと、それがママとわたしの暗黙の了解だと、そう思っていた
それはわたしがもっと幼い頃
ママとわたしのたまの贅沢なお楽しみといえば、街に一軒あったデパートに行く事、そしてその屋上にある食堂でひと皿の”ナポリタン”を食べることだった
その食堂のナポリタンには小さなえびフライがちょこんと2つ乗っていて
ママとわたしは「美味しいね」ってそのえびフライをいつも仲良く1本ずつ食べるのだ
それはママとわたし二人きりのとても温かく幸せな時間だった
その頃からずっと「えびフライ」はわたしとママにとって特別な食べ物で、だから遠足とか運動会とか誕生日、のようなハレの日は絶対にえびフライだ、と少なくともわたしはそう思っていたのだと思う
だけどそれからしばらく後の幾年か、その間には嵐のように色んな出来事が起こったりして
わたしのママは、よそのお家のママになり、わたしはママと一緒に行かなくて、そして離れ離れになったのだ
距離も遠く離れたし電話で声を聞く事もあまりなかった
でもそれからわたしがもう少し大人になって1人で新幹線に乗れるようになってからは時々会うこともできるようになって
そんな時はママとママの新しい旦那さんや、ママが新しく産んだ小さな妹たちと一緒に旅行に行ったりもした
ある夏も、私たちは一緒に何日かを田舎の海辺で過ごす機会をもった
せっかくだしビーチから徒歩数分の所にある小さな家を借りて、昼は海水浴、夜は花火をしよう、そして海水浴にはお弁当を作ってもって行こう、と
それはとびきり暑くて、明るくて、空はとても広くて海で遊ぶのにはもってこいの、そんな日
台所に立つママは張り切ってまんまるのおにぎりいくつも握り、濃い紅色の分厚い鮭をじゅうじゅう焼いて
それからわたしが見た事もないほどの大きいエビに衣をまとわせて特大のエビフライを揚げていく
その初めて見る大きなエビフライはとても立派で美味しそうで、黄金色に揚がっていく様をわたしは興味津々に眺めた
台所にはママとわたしの2人きり
その時 わたしは何故か唐突に
「ママ、ナポリタンのえびフライ、覚えてる?」
うっかりそう問いかけそうになってしまって、そしてわたしは咄嗟に口をつぐんだ
だってそんな話は場違いな気がしたし、答えを聞くのが怖いような気もした
そしてそんな自分に慌てつつも心の底にかすかな安堵感が漂うのを感じていた
今ママが揚げているこの大きな「エビフライ」と、あの頃のわたしとママの幸せの象徴みたいなあの「えびフライ」は全然違うものだなって
よかった
わたしとママの「えびフライ」の記憶はあの頃のまま変わらない、わたしとママだけのものだ、って
そして安堵と共に気づく
人も環境も、変わっていくのだと
時間は流れる
ママもわたしも
全ては変わっていく、誰も何もずっと同じではいられないのだ
ママが作るエビフライが変わったように
そうしかならないし、それでいい、良いも悪いもなく、それでいい、そうしながら生きるのだ
そんな人生における無常の理、みたいな感覚がまだまだ大人には遠いわたしの心に吹き抜けた
だけどそうだからといってその後の人生何でもいつでも風のように流せるわけもなく
寂しかったり悲しかったり憤ったり、ママとの事なんか全て忘れてしまいたくなったりした事もいっぱいあった
それもまた無常の理、人生の一部として過ぎていった
そうやって流れ流れて今
その日々たちからだいぶ遠く、わたしはママの年齢も追い越して人生も折り返しの辺まできて
わたしには一つの真理が残った
それはたとえ人生の中で何がどんなに変わろうとも、あの日のわたしとママとの愛と幸せの日々が消えたり嘘になったりはしない、という事
あの頃に受け取った幸せはずっとわたしの中にあり続けた、という事
たとえ一時荒波にもまれて見失ったとしても
きっとまたいつかはあの温かい記憶にたどりつく
愛や幸せや人生に、長さや形や距離や意味、そんなものは全然関係なかった
自分が感じる事、それがすべて
わたしは幸せを知っている
それはいつも共にある
それが真実だった
あのママとナポリタンのえびフライを分け合った幸せで温かな日々の記憶はわたしとママの間に生まれた宝物として
まだしばらく続きそうなわたしのこの人生を、これからも折々に温かく彩ってくれることだろう
P.S えびフライえびフライて連呼しといてアレですけどよく考えたらわたしとママの好物は「うなぎ」でした♡
